@article{oai:ngu.repo.nii.ac.jp:00001505, author = {吉田, 達矢}, issue = {2}, journal = {名古屋学院大学論集 言語・文化篇, THE NAGOYA GAKUIN DAIGAKU RONSHU; Journal of Nagoya Gakuin University; LANGUAGE and CULTURE}, month = {Mar}, note = {本稿では,オスマン帝国史において「改革の時代」とされる19世紀前半における地方軍政官の人事に着目し,オスマン帝国中央政府の地方社会に対する統治方針の一端について考察した。考察対象の場所は現在のギリシア北部に存在していたヤンヤ県とし,考察対象の時期は18世紀末よりヤンヤ県を中心に中央政府から半ば自立した勢力として広大な領域を支配したアルバニア人豪族テペデレンリ・アリー・パシャの討伐が始まった1820年から,ヤンヤ県にタンズィマート改革が導入され,ヤンヤ州が新たに設立された1846年前後までとした。当該時期に就任したヤンヤ県軍政官各自の履歴,選出・離任理由などについて考察した結果,ギリシア独立戦争やアルバニア人豪族の統御などの問題に対処するため,1830年代前半まではアルバニア人豪族の任用,有力政治家の親子2代にわたる長期の統治がみられ,「第二のテペデレンリ・アリー・パシャ」が出現する可能性があったことなどを指摘した。}, pages = {81--99}, title = {オスマン帝国改革期における地方軍政官の人事 : テペデレンリ・アリー・パシャ討伐後のヤンヤ県を中心に}, volume = {34}, year = {2023} }